上野広小路から千駄木散歩 [歴史・史跡]
GW恒例となりつつある歴史散歩。
一昨年は、岩槻城址、去年は忍城址。
今年は、29日、こちらを目的の一人ぶらり歴史散歩。
キトラ古墳壁画展。in東京国立博物館
キトラ古墳とは、奈良県明日香村で、割と最近発掘調査された古墳。内部の壁画は、そのままにしておくと湿度などで駄目になってしまう恐れがあり、剥がして、修復後、古墳近くに作る施設に展示保存されることになりました。
今回は、剥がして修復後、明日香村で展示公開する前に、多くの人に見てもらいたい、と東京で、特別に公開されることになったのです。
ということで、明日香村を出るのは、おそらく最初で最後。
連日かなり混雑しているとの情報に、どうしようか迷いましたが、覚悟して出かけました。
入館まで70分まち(((o(*゚▽゚*)o)))
大行列(・ω・)ノ
時間潰しに、本をたくさん持って行って正解でした(o^^o)
入場制限をしているおかげで、中は割とじっくり見ることができました。
正直、高松塚古墳の壁画に比べていたみが激しく、不鮮明なところもありましたが、それでも、こんなに残っていたとは驚きです(^_−)−☆
東京に運んでくるのは、相当大変だったみたいです。いたみが激しい部分は、輸送に耐えられないと、判断され、複製のみの公開となりました。
まさに、時空を超えて、やってきてくれたのです。
東京国立博物館があるのは、上野。
上野といえば、このお方。
西郷さん(^_−)−☆
この日は、仲御徒町駅で下車、上野広小路の歴史あるお蕎麦やさんで蕎麦を食した後、広小路側から上野のお山へ。
西郷さんの銅像のある下のあたり、新しい商業ビルができて、綺麗になりましたね。
上野は、戊辰戦争の一つ上野戦争の激戦地なので、戦士のお墓があります。
これは、旧幕府側の戦士のお墓。
西郷さんは、新政府軍側の指揮官だったというわけ。
ここが激戦地となったのは、慶喜が大政奉還後蟄居したのが、この地にあった寛永寺だったから。
なんで寛永寺に蟄居したのかというと、徳川家の菩提寺だからです。
寛永寺は、家光が家康の代からのブレーンである天海僧正のために、寛永年間に建てさせたお寺。
当時は、現在の上野公園一帯が、全部寺の境内でした。
キトラ古墳壁画展をやっていた東京国立博物館は、本坊の跡地でした。
が、上野戦争で、全部焼き尽くされました。
寺の規模、それから戦争の激しさに、改めて驚かされます。
寛永寺創建のとき、京都の清水寺を意識して、こんなものも作られました。
清水観音堂
不忍池が、琵琶湖に模されていたのは、有名ですね(^_−)−☆
都のあった京都をかなり意識していたのですね。
寛永寺創建前は、この辺りは藤堂家他武家の領地でした。
これは、後世東京駅近くの丸の内から移築された、別のお武家さんの武家屋敷の門。
東京国立博物館の先にあります。
東京国立博物館の建物自体も、素敵(^_−)−☆
本館
本館内の貴賓室
本館階段踊り場
東京国立博物館をでて、武家屋敷の門の先にはこんなものも。
博物館動物園駅跡
京成線で行くときは、ここで降りたこともありました。
当時は、何だか薄暗い印象ですが、こんなに趣ある駅だったんですね。
そのまま坂を下り、千駄木方面までぶらり。
銭湯らしい。
酒屋かと思ったら、自転車屋さん?
たくさん並び、たくさん歩いた一日でした(o^^o)
先日、こんなものを頂きました(^_−)−☆
ネコ型マシュマロ。
プニプニ具合が、子犬子猫の肉球みたい。
食べるのがもったいないリアルさ。
躊躇しながらも、食べてしまいました(((o(*゚▽゚*)o)))
一昨年は、岩槻城址、去年は忍城址。
今年は、29日、こちらを目的の一人ぶらり歴史散歩。
キトラ古墳壁画展。in東京国立博物館
キトラ古墳とは、奈良県明日香村で、割と最近発掘調査された古墳。内部の壁画は、そのままにしておくと湿度などで駄目になってしまう恐れがあり、剥がして、修復後、古墳近くに作る施設に展示保存されることになりました。
今回は、剥がして修復後、明日香村で展示公開する前に、多くの人に見てもらいたい、と東京で、特別に公開されることになったのです。
ということで、明日香村を出るのは、おそらく最初で最後。
連日かなり混雑しているとの情報に、どうしようか迷いましたが、覚悟して出かけました。
入館まで70分まち(((o(*゚▽゚*)o)))
大行列(・ω・)ノ
時間潰しに、本をたくさん持って行って正解でした(o^^o)
入場制限をしているおかげで、中は割とじっくり見ることができました。
正直、高松塚古墳の壁画に比べていたみが激しく、不鮮明なところもありましたが、それでも、こんなに残っていたとは驚きです(^_−)−☆
東京に運んでくるのは、相当大変だったみたいです。いたみが激しい部分は、輸送に耐えられないと、判断され、複製のみの公開となりました。
まさに、時空を超えて、やってきてくれたのです。
東京国立博物館があるのは、上野。
上野といえば、このお方。
西郷さん(^_−)−☆
この日は、仲御徒町駅で下車、上野広小路の歴史あるお蕎麦やさんで蕎麦を食した後、広小路側から上野のお山へ。
西郷さんの銅像のある下のあたり、新しい商業ビルができて、綺麗になりましたね。
上野は、戊辰戦争の一つ上野戦争の激戦地なので、戦士のお墓があります。
これは、旧幕府側の戦士のお墓。
西郷さんは、新政府軍側の指揮官だったというわけ。
ここが激戦地となったのは、慶喜が大政奉還後蟄居したのが、この地にあった寛永寺だったから。
なんで寛永寺に蟄居したのかというと、徳川家の菩提寺だからです。
寛永寺は、家光が家康の代からのブレーンである天海僧正のために、寛永年間に建てさせたお寺。
当時は、現在の上野公園一帯が、全部寺の境内でした。
キトラ古墳壁画展をやっていた東京国立博物館は、本坊の跡地でした。
が、上野戦争で、全部焼き尽くされました。
寺の規模、それから戦争の激しさに、改めて驚かされます。
寛永寺創建のとき、京都の清水寺を意識して、こんなものも作られました。
清水観音堂
不忍池が、琵琶湖に模されていたのは、有名ですね(^_−)−☆
都のあった京都をかなり意識していたのですね。
寛永寺創建前は、この辺りは藤堂家他武家の領地でした。
これは、後世東京駅近くの丸の内から移築された、別のお武家さんの武家屋敷の門。
東京国立博物館の先にあります。
東京国立博物館の建物自体も、素敵(^_−)−☆
本館
本館内の貴賓室
本館階段踊り場
東京国立博物館をでて、武家屋敷の門の先にはこんなものも。
博物館動物園駅跡
京成線で行くときは、ここで降りたこともありました。
当時は、何だか薄暗い印象ですが、こんなに趣ある駅だったんですね。
そのまま坂を下り、千駄木方面までぶらり。
銭湯らしい。
酒屋かと思ったら、自転車屋さん?
たくさん並び、たくさん歩いた一日でした(o^^o)
先日、こんなものを頂きました(^_−)−☆
ネコ型マシュマロ。
プニプニ具合が、子犬子猫の肉球みたい。
食べるのがもったいないリアルさ。
躊躇しながらも、食べてしまいました(((o(*゚▽゚*)o)))
2014-05-03 17:25
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コメント(2)
70分待とはすごいですね^^;私には無理です。
待つのは病院くらいかもしれません。
歴女さんとしては、リフレッシュできたことでしょう^^
たくさん歩くことは好きなんですが・・・
ちょっとリアルで可愛すぎて、自分で買って食べることは
できないかもです^^;
by ケリー (2014-05-04 19:09)
キトラ古墳画みにいきたかったやつです。そうかあ。行けばよかったかなあ。
猫型マシュマロかわいすぎです~。
これを我が家でやったらそうとうイタイ人と思われそう^^;
by あーちゃ (2014-05-17 20:27)